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広島地方裁判所 昭和63年(行ウ)17号 判決 1991年1月30日

原告

藏田金兵衛

被告

広島市中区長宗像正道

右訴訟代理人弁護士

宗政美三

右指定代理人

児玉英

外三名

主文

一  本件訴えのうち、被告が昭和六二年六月一日付でした原告の昭和六二年度分市民税の賦課決定処分の取消しを求める部分を却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六二年六月一付でした原告の昭和六二年度市民税均等割額二五〇〇円及び県民税均等割額七〇〇円の合算額三二〇〇円とする賦課決定処分の全部を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前)

1 昭和六二年度市民税均等割額二五〇〇円の賦課決定処分に係る訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は広島県安芸郡府中町内に住所を有し、広島市中区に事務所を設けて、不動産鑑定士業及び税理士業を営んでいる。

2  被告は、原告に対し、昭和六二年六月一日、昭和六二年度市民税均等割額二五〇〇円及び県民税均等割額七〇〇円の合算額三二〇〇円の賦課決定処分を行い、同月一九日、右処分を原告に通知した。

3  原告は、広島市長に対し、同年八月一四日、右賦課決定処分につき審査請求をしたが、同市長は、昭和六三年五月三一日、右請求を棄却し、原告は、同年六月一日、その裁決書謄本の送達を受けた。

4  しかし、以下に述べる事由により、右賦課決定処分は違法である。

(一) 地方税法(以下、「法」という。)二四条一項一号により、一の市町村内に住所と事務所を有する個人には、当該市町村において一の道府県民税均等割が課税されるのに対し、異なる市町村内に住所と事務所を有する個人にはそれぞれの市町村ごとに重畳的に道府県民税均等割が課され(法二四条一項一号、二号、七項、広島県税条例三四条一項一号、二号、七項)、このため、原告は府中町長及び広島市中区長を通じ県民税均等割が二重に課税され、両者間には税負担の不平等が生じている。

また、異なる市町村内に住所と事務所を有する個人についての右取扱いは、法人が二以上の異なった市町村内に事務所を有している場合、同一道府県に対しては一の法人均等割を負担するにとどまるとされていることに比しても不平等である。

よって、法二四条一項一号、二号及び七項並びに広島県税条例三四条一項一号、二号、七項の諸規定は、憲法一四条一項に違反して違憲無効である。

(二) 本件納税通知書には、賦課の根拠として法四一条一項の規定が記載されておらず、県民税についての賦課徴収権は依然として県に存することになる。したがって、本件賦課決定処分においては、県民税について賦課徴収権限のない広島市中区長が、同権限があるかの如くこれを行使したことになり、手続面で重大な誤りがある。

二  本案前の申立ての理由

被告は、原告に対し、昭和六二年六月一日、昭和六二年度市民税の賦課決定処分及び同年度県民税の賦課決定処分を行った。市民税は法五条二項一号により、県民税は法四条二項一号により各々定められた別個独立した税であり、右各処分も別個独立のものである。したがって、右両処分の取消訴訟を提起するには、両処分について審査請求を経なければならない(法一九条の一二)ところ、原告は市民税賦課決定処分については審査請求を経ていないから、右処分の取消の訴えは不適法である。

三  本案前の申立ての理由に対する反論

道府県民税と市町村民税は、課税主体を異にする別個独立した税であるが、徴税上の便宜のため、個人についての右両税の賦課徴収は併せて行われるものとされ(法四一条一項前段、三一九条)、そのための技術的規定が種々設けられ(法四一条一項後段、四四条、四五条、四二条一項、二項)ており、納税通知書も右両税について併せて一通が作成される(法四三条)。したがって、個人の道府県民税賦課決定処分と市町村民税賦課決定処分とは、不離一体、一体不可分のものとして、あたかも一つの処分の如く見られるのであり、納税通知書にも右二つの処分の双方について審査請求が必要である旨の記載がなく、不服申立てに関しては、これら両処分を併せて、一個の処分として取り扱うべきである。

原告は、審査請求の際、市民税均等割について違法の理由を主張していなかった面もあるが、右処分は一個であり、これに係る審査請求を経ているから、本件訴えは適法である。

四  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  認否

(一) 請求原因1、2の事実は認める。

(二) 同3の事実も認める。ただし、原告は県民税賦課決定処分の取消しを求めて審査請求を行ったものである。

(三) 同4の各主張については争う。

2  被告の主張

(一)(1) 個人道府県民税均等割の課税の取扱いを考える場合、裁判所は基本的には立法府の裁量的判断を尊重せざるをえず、その立法目的が正当であり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定できず、これを憲法一四条一項の規定に反するとはいえない。

そして法二四条一項一号、二号、七項の立法目的は、租税法の基本原則である①租税負担の公平に配慮しつつ、②確実・的確かつ効率的な租税の徴収を実現することにあり、右目的は正当である。

また、道府県民税の行政サービスは市町村を通じて住民に提供されるという応益関係の面からみて、右諸規定が、住所、事務所等の所在する市町村ごとに道府県民税を課税することとしたことが、著しく不合理とはいえないことは明らかである。

(2) 個人道府県民税均等割と法人道府県民税均等割の課税制度上の相違点は、個人と法人との態様の相違及び右相違に基づく道府県に対する応益の程度の捉え方の相違による合理的なものであり、憲法一四条一項に反しない。

すなわち、個人の場合には、一般的には事務所等を有して行う事業の規模は比較的小さく、その差もほとんどないと考えられ、さらに道府県内において複数の事務所等を市町村の区域をまたがって有する者も少なくないといえる。したがって、個人道府県民税にあっては一律低額な税率(年税額七〇〇円)で、事務所等所在の市町村ごとに課税することが応益原則に合致する。他方、法人の場合にあっては、その規模は千差万別であり、道府県に対する応益の程度が法人の規模により異なることから、法人の規模に応じて事務所等所在の道府県ごとに課税することとしているものである。しかも、法人の場合、道府県が申告納税方式により徴収することとされており、課税方式が異なっている。

(二) 本件納税通知書には、法一条一項六号及び一三条に規定するところの納税通知書の記載事項についてすべて記載がなされており、原告の主張は理由がない。

仮に、法四一条一項の規定が、法一条一項六号に規定する「賦課の根拠となった法律」にあたるとしても、本件納税通知書に右規定が記載されていないからといって、本件県民税賦課決定処分が違法となるものではない。

(三) 被告は原告に対し、法二四条一項二号及び七項並びに広島県税条例三四条一項二号及び七項に従い本件県民税の課税を適法に行っている。

第三  証拠<省略>

理由

第一本案前の申立てについて

地方税の賦課決定処分について取消訴訟を提起するには、右処分について不服申立ての手続を経なければならない(法一九条の一二)ところ、道府県民税賦課決定処分及び市町村民税賦課決定処分はそれぞれ独立した地方税の賦課決定処分であるから、これらの処分を行政訴訟で争うには、各々につき右不服申立ての手続を経ることを要する。個人の道府県民税と市町村民税とは併せて賦課徴収され(法四一条一項前段、三一九条)、納税通知書も併せて一通が作成される(法四三条)が、これは徴税の便宜のためであるから、右取扱いの故をもって、明文の規定なく、不服申立てについてこれらの処分を併せて一つの処分として扱うことはできない。

<証拠>によれば、原告が広島市長に対し提出した審査請求書には、審査請求に係る処分として、「広島市中区長の昭和六二年六月一日付の審査請求人に対する昭和六二年度市民税・県民税納税通知の処分」と記載されているが、審査請求の趣旨として、「県民税の均等割額七〇〇円を取り消す。」と記載され、右審査請求書中「審査請求の理由」と題する項及び原告作成の「弁明書に対する反論書」と題する書面においては、専ら県民税賦課決定処分についての違法事由が記載されていることが認められ、これらに照らして考えると、原告が、審査請求に係る処分として「市民税・県民税納税通知の処分」と記載したのは、県民税の賦課決定の通知が市民税の賦課決定の通知と同一の書面で行われ、同書面に昭和六二年度市民税・県民税納税通知書と記載されていた(<証拠>)ことによるものとみられ、原告が審査請求したのは県民税賦課決定処分についてであると認めるのが相当であり、したがって、原告は市民税賦課決定処分については不服申立てをしていないというべきである。なお、右納税通知書(<証拠>)には、この通知について不服があるときには不服申立てができる旨の記載があり、これによって、通知を受けた市民税賦課決定処分あるいは県民税賦課決定処分について不服がある者は、その不服のある処分について、市長に対して不服申立てができる旨を教示してあるものといえるから、教示内容に欠けるところはない。

そうすると、本件訴えのうち、市民税賦課決定処分の取消しを求める部分は、不服申立ての手続を経ていないので不適法である。

第二本案について

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二一の市町村内に住所と事務所を有する個人には、当該市町村の存在する道府県に対して一の道府県民税均等割が課税され、また、法人が二以上の異なった市町村内に事務所を有している場合にも、同一道府県に対しては一の法人均等割を負担するのに対し、同一道府県内の異なる市町村内に住所と事務所を有する個人には、住所あるいは事務所の存するそれぞれの市町村ごとに道府県民税均等割が課される(法二四条一項一号、二号、三号、七項、広島県税条例三四条一項一号、二号、七項)。

そこで、右区別が憲法一四条一項に違反するかについて判断する。

(一)  憲法一四条一項は、平等原則を定めたものではあるが、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、国民各自の事実上の差異に基づく区別的取扱いも、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反しない。

租税は、国家がその経費にあてるための資金を調達する目的をもって私人に課する金銭給付であるが、ある税制の定立の必要性の有無を判断し、具体的な課税要件や賦課徴収手続を決定するには、国(地方公共団体を含む。)の財政需要の状況、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする総合的政策判断あるいは専門技術的判断を必要とするから、裁判所は基本的には立法府の裁量的判断を尊重せざるをえないのであり、租税法の分野における国民各自の事実上の差異に基づく区別的取扱いは、その立法目的が正当であり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その区別の合理性を否定できず、これを憲法一四条一項に違反するものとはいえないと解するのが相当である(最高裁昭和六〇年三月二七日判決・民集三九巻二号二四七頁参照)。

(二)  道府県民税均等割は、道府県の構成員が広く負担を分任するとともに納税者の受ける利益に応じて公平に課税されるべきであるという考え方に基づき、納税義務者に対して均等に課される税である(法二三条一項一号)。したがって、当該道府県に住所を有する個人及び当該道府県内に事務所等を有するが住所を有しない個人に、一律にその負担を課すことが考えられる。しかし他方において、徴税事務の簡素化を図るため、個人道府県民税の賦課徴収は、個人の住所または事務所等の所在市町村が市町村税の徴収と併せて行うことが適当であるが、その際、ある市町村に事務所等を有する個人が当該市町村に住所を有しない場合、当該市町村が、同人の住所が右市町村の存在する道府県内に所在しているか否か及び同一道府県内の他の市町村にその者の事務所等が所在しているか否かをどのような方法で確認するか、また、ある個人が同一道府県内の複数の市町村に事務所を有している場合、同人に係る均等割の賦課徴収をどの事務所所在市町村が行うかが不明確なるという問題が生じることになる。そこで、右のような複雑な問題を回避して賦課徴収事務の簡素化を図るとともに、道府県民税均等割の徴収を確実に行うことを目的として同一道府県内の異なる市町村内に住所と事務所を有する個人には、それぞれの市町村ごとに道府県民税均等割を課すように定められたものということができるから、右目的は正当性を有するというべきである。

そして、地方税法の右定めによれば、ある市町村に事務所等を有する個人の住所が当該市町村にない場合あるいは右個人の事務所等が同一道府県内の他の市町村にもある場合においても、当該市町村は右個人に対して均等割を課せばよいことになり、徴税事務の簡素化が図られるとともに、確実に徴税を行うことができる。他方、右取扱いによって、同一道府県内の異なる市町村内に住所と事務所等を有する個人には、その市町村ごとに道府県民税均等割が課されることになるが、住所のほかに事務所等を有する者は道府県からそれだけ多くの行政サービスを受けており、また、右サービスは市町村ごとに捉えることもできないわけではないから、同一の課税対象に対して二重に課税されるというものではない。しかも、個人の均等割額は年額七〇〇円(法三八条、広島県税条例三九条)と低額であり、租税負担の均衡にも配慮されている。

(三) 法人が二以上の異なった市町村内に事務所等を有している場合、法人道府県民税均等割は道府県ごとに課税されることにされているのは、被告主張のように個人と法人との間に存する態様の相違等に基づくものということができるから、個人と法人とを区別する合理的理由があるといえる。

(四) 以上によれば、本件の区別的取扱いは前記立法目的との関連で明らかに不合理であるとは到底いえないから、憲法一四条一項に違反しない。

三右地方税法二四条一項二号及び七項並びに広島県税条例三四条一項二号及び七項、三九条によれば、原告の昭和六二年度県民税均等割額は七〇〇円になることが認められる。

四次に県民税賦課決定処分の手続的適法性について判断する。

<証拠>によれば、本件納税通知書には、賦課の根拠として、法四一条一項の規定は記載されていないことが認められる。しかしながら、法四一条一項、広島市市税条例五条、広島市市税規則一条の二により、県民税についての賦課徴収権は、県から市町村に委譲されているのであり、このことは、右条文の納税通知書上の記載の有無にかかわらない。

また、法一条一項六号は、納税通知書の記載事項として、賦課の根拠となった法律の規定の記載を要求しているが、これは、納税義務者が納税義務を負うこととなった根拠規定並びに税種目及び賦課額の内容を定める規定を明らかにするためであると解されるから、賦課権限を委譲する手続的規定の記載までをも要求しているものではないと解すべきである。

したがって、賦課決定処分の手続において、原告主張の違法はない。

第三結論

以上によれば、原告の請求中、市民税賦課決定処分の取消しを求める部分は、不適法として却下し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉岡浩 裁判官内藤紘二 裁判官柴田美喜)

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